演劇博物館 100年の物語
演劇博物館のはじまりや、歴史的建築物としての価値、そして、演劇博物館の根幹をなすコレクションや展示手法についてなど、この100年の間に演劇博物館が紡いできた物語をぜひ感じてください。
英文学を学ぶ中でシェイクスピア作品に魅了された坪内逍遙。
その後、早稲田大学の人気講師として活躍し、文学部の創設や演劇の学術研究としての確立に尽力しました。演劇博物館の構想を思い描いたのは、早稲田大学の教授を辞した翌年の1916年(大正5年)ころ。彼のメモには、未来の仕事として、シェイクスピア作品の翻訳完成や著作の計画などとともに、「舞台画(劇画)論――演劇博物館設立案――浮世絵と劇画」と記されています。

演劇博物館の開館式での逍遙による謝辞の様子
著述・研究にますます精力を傾けた逍遙は、子どものころから親しんだ歌舞伎の歴史を検証するために、役者絵を中心とする浮世絵の収集に乗り出しました。一方、1923年(大正12年)に発生した関東大震災により演劇に関する貴重な資料が大量に焼失したことや、1925年(大正14年)に肺炎による危篤状態を経験したことが、演劇博物館建設への思いをさらに強くしたと言われています。
演劇博物館の建設に向けて本格的に動き出したのが1926年(大正15年)。逍遙の熱意を受けた28名の発起人が、2年後に迎える逍遙の古稀と、『シェークスピヤ全集』の完成記念に合わせて演劇博物館を建設するという目標を定めました。紆余曲折はありましたが、構想から12年後の1928年(昭和3年)、演劇博物館は早稲田大学構内に開館しました。
日本では先駆的な大学博物館
演劇博物館は、大学が運営する博物館として先駆的な存在でもあります。開館当初から、資料整理や運営に関する組織体制、一般の人も無料で利用できるといった開館規定を定めていたほか、コレクションの充実や施設の存在意義を社会に訴えていくための後援会が設立されるなど、本格的な博物館としての運営基盤を有していました。

演劇博物館の2階にある逍遙記念室
演劇博物館は、シェイクスピアが活躍した時代の「フォーチュン座」を模して今井兼次らにより設計され、1928年に建てられました。建物正面の張り出しは舞台になっており、内部にある図書閲覧室は楽屋、舞台を囲むようにある両翼は桟敷席につながる部分、建物前の広場は一般席として利用できます。建物そのものを演劇の資料とし、実演もできるようにする。この構想は、逍遙が長い間温めていたものでした。

開館当初の演劇博物館の外観
当初は、シェイクスピアの作品が上演されていたグローブ座を模した博物館を建設したいと考えていましたが、建物に関する記録が残っていなかったことから、建築復元図が見つかっていたフォーチュン座を再現したと言われています。フォーチュン座は、当時の人気劇作家の作品が上演されていた劇場で、グローブ座のライバル的存在として知られています。建築に当たっては、関東大震災を教訓として鉄筋コンクリート造を採用。地下1階・地上3階建ての本格的な造りとしました。舞台正面には、シェイクスピア作品にも関わる名言“全世界は劇場なり”のラテン語「Totus Mundus Agit Histrionem」が掲げられています。

前進座による『ヴェニスの商人』(1947年)

シェイクスピアシアター『ペリクリーズ』(2024年)

舞台正面に掲げられた「Totus Mundus Agit Histrionem」
世界的にも数少ない、
16世紀劇場様式の模倣
シェイクスピアが活躍していた頃のイングランドは、1485年から1603年まで続くチューダー朝の時代。君主・エリザベス1世も彼の演劇を楽しんでいました。演劇博物館の前舞台や逍遙室内には、チューダー家の家紋(バラの花)を基にした意匠が見られます。当時の劇場を模した建物は世界にいくつか存在しますが、1928年当時に16世紀の劇場を模した建物を建築した例は大変珍しく、海外の演劇研究者からも注目を集めています。

2階の逍遙記念室の天井に見えるチューダー家の家紋の意匠
演劇博物館設立にあたっては28名が発起人となりました。発起人代表は渋沢栄一。続く27名も政財界、演劇界、文学界などから坪内逍遙の演劇博物館構想に賛同した多くの名が連なっています。
趣意書には「東洋未曽有の一演劇博物館を創建し」「此挙が諸外国に比して遥かに多く演劇図書資料及び記念品に富める我が国の現在に於いてこそ最も適当なる有意義なる計画と存じたる故に御座候」と記載され、東洋で唯一かつ世界的にも珍しく意義のある博物館を創設したいという呼びかけとなっています。この発起人一覧と趣意書は現在でも演劇博物館に展示されています。

演劇博物館の設立発起人の一覧
演劇博物館設立に寄与した人々
設立のための資金集めには演劇界から大きな協力が寄せられました。当時はまだ珍しかった日本人のハリウッド俳優である上山草人は、ロサンゼルスにて「坪内博士記念演劇博物館創立寄付」と銘打った文士劇の上演を成功させてその収益を寄付しています。国内においても、沢田正二郎の新国劇公演などさまざまな「演劇博物館寄付興行」が実施され、収益が設立資金へ寄付されました。
演劇博物館が誇るコレクションの数は100万点以上。地域、時代、ジャンルを問わず、演劇に関するあらゆる資料や映像を収集し続ける施設は世界的にも稀有な存在です。
所蔵資料の主なものは、木版多色刷りで鮮やかな色彩が特徴の役者絵を中心とする錦絵4万8000枚、さまざまな演劇の舞台写真40万枚、演劇関連の図書15万3600冊、台本11万6400冊、チラシ・プログラムなどの上演資料8万点、衣装・人形・書簡・原稿などの博物資料15万9000点、江戸時代までの日本演劇に関する和装本10万点、映像や音声による資料7万点。これらのコレクションは開館して以降、拡大を続けており、その時々の社会を映しだす記録として、演劇関係者だけではなく、文学・歴史・服飾・建築・美術・音楽などさまざまな分野の方にも活用されています。

色鮮やかな役者絵
七代目市川団十郎「暫」(歌川豊国画)
世相を映すコレクション
江戸時代の前期〜中期に活躍した作者・近松門左衛門による世話物(特に心中物)には、当時の貨幣経済の拡大と封建社会の葛藤が描かれました。また、江戸時代後期の天保の改革では、役者絵が厳しい取り締まりを受けたことから、一見、役者絵に見えないように描かれた錦絵が広がるなど、当時を偲ぶことができます。
近年では、2020年のコロナ禍において数多くの舞台が公演中止や延期を余儀なくされました。そこで演劇博物館では、ホームページやSNSなどを活用して公演が中止となった演劇に関する多くの情報を収集。2020年10月にオンライン展示「失われた公演―コロナ禍と演劇の記録/記憶」を公開したほか、2021年にはリアル展示「Lost in Pandemic ――失われた演劇と新たな表現の地平」も開催しました。

「曽根崎心中」正本

「荷宝蔵壁のむだ書」(歌川国芳画)

コロナ禍により公演中止が続いていた新国立劇場で上演された舞台
「願いがかなうぐつぐつカクテル」の衣裳
演劇博物館では、インターネットが普及しはじめた1995年にホームページを開設し、サイト内に厳選した61点の錦絵を掲載しました。
その後、錦絵検索システムの公開(1997年7月)、デジタルアーカイブ・コレクション(第一期)公開(2001年4月)など、デジタルアーカイブ化を所蔵資料の収集・保管・展示・研究を支える重要な要素と位置づけて推進してきました。2015年6月からは、所蔵する能面、伎楽面などの立体資料をさまざまな角度から閲覧できる、テクスチャー付き3Dデータの公開も開始しています。

3Dデータベース
また、2020年2月には、日本の舞台公演映像の情報検索サイト「Japan Digital Theatre Archives(JDTA)」をオープン。演劇・舞踊・伝統芸能の公演映像を、「2.5次元」「60分以内の戯曲」「ミステリー」「受賞歴あり」など、キーワードや任意の条件で検索し視聴することができます。
所蔵資料の研究・鑑賞に役立つ
デジタル発信
2025年4月現在、52のデータベースを通じて100万件以上の資料を公開しています。その中には、世界一の所蔵量を誇る4万8000件の役者絵も。データベースでは、デジタル画像と一緒に書誌データ(年代考証・解説など)も閲覧できる仕組みとなっており、作者や年代、描かれた役者などが分かりやすく整理されています。書誌データの考証は、演劇博物館の研究プロジェクトの一つである役者絵研究会が担当しています。

早稲田大学文化資源データベースのサイト
2024年度の演劇博物館の年間来場者数は5万7608人でした。
公益財団法人日本博物館協会が2017年にまとめた日本の博物館総合調査報告書によると、日本の博物館全体の入館者数分布において「5万人以上」の博物館は約26.2%。大規模な国立・公立博物館などと比べれば演劇博物館の来場者数は少ないですが、演劇という専門分野に特化した施設としては、非常に多くの方に親しまれていると言えます。
演劇博物館が多くの人に親しまれている理由としてまず挙げられるのが、膨大なコレクションにもとづく企画展・特別展・常設展や、イベントの開催です。実際に展示できる資料は、コレクションのほんの一部ですが、その時々の話題や世の中の動きを捉えて展示を企画しています。何度訪れても、誰と訪れても、新しい発見や出会いがあるでしょう。
また、早稲田大学のキャンパスは誰もが出入りできる開かれた場所ですが、その中に位置し、季節の移り変わりとともに表情を変えて魅せてくれる演劇博物館の建物そのものも、訪れる人を飽きさせません。
展示はもちろんのこと、館内の図書室やミニシアターも誰でも無料で利用可能です。特別資料を除く和書・外国語図書については、複写もしていただけます。本館の開館時間は土・日も含めて10時~17時まで(火曜日・金曜日は19時まで)*。毎週金曜日にはボランティアによる解説も行っています。これからも多くの皆さんに訪れていただきたいと思います。

コレクションの重複分を無料でお分けするエンパク青空市。どなたでもご参加いただけます
演劇博物館の撮影スポット
演劇博物館の歴史を感じさせる雰囲気を写真に収めたいと感じる方もたくさんいらっしゃいます。館内での写真撮影は、1階廊下、2階の逍遙記念室(天井のみ)、3階の記念撮影コーナーのみ許可しています。記念撮影コーナーでは、坪内逍遥やマリー・アントワネットと一緒に撮れますので、ぜひご利用ください。
- * 原則第一・第三水曜日と大学の臨時休業日には休館致します。開館日についてはホームページをご確認ください。
- * 館内での動画撮影はお断りしていますのでご注意ください。
演劇博物館開館100周年記念事業募金
寄付のお願い
早稲田大学演劇博物館は、2028年に100周年を迎えます。
貴重な演劇資料の保存・公開をさらに充実させるため、
記念事業募金へのご支援を広く呼びかけています。