演劇博物館 館長の挨拶
演劇が映しだす時代の記憶を未来へつないでいく
早稲田大学演劇博物館第9代館長
児玉 竜一


演劇博物館は2028年に開館100周年を迎えます。演劇博物館が果たしてきた役割や運営への思いをご紹介します。
古今東西の資料や映像が揃う演劇博物館
早稲田大学坪内博士記念演劇博物館(通称「演博」=エンパク。以下、演劇博物館)は、早稲田大学において文学や演劇を学問として確立させた坪内逍遙の古希と、生涯を賭した「シェークスピヤ全集」全40巻の翻訳完成を記念し、1928年(昭和3年)に設立されました。
日本の近代演劇に大きな影響を及ぼしてきた逍遙は、演劇が持つ普遍的な価値を国内外に発信する場にしたいと、自らのすべてを投じて演劇博物館を創設しました。以降、私たちは、「古今東西のあらゆる演劇に関する資料を幅広く収集する」という逍遙の理想を受け継ぎ、演劇博物館を運営してまいりました。
坪内逍遙の想いとともに歩んだ100年
おかげさまで、演劇博物館は年間6万人近い皆さまに訪れていただくとともに、2028年には開館100周年を迎えます。施設にある100万点以上のコレクションは、寄贈者や演劇研究者、運営職員などのご尽力により今日も日々拡大し続けており、古今東西の演劇やその上演された時代を知る貴重な資料として、多くの方々の調査・研究、発信に寄与してまいりました。
さらに、演劇博物館ではインターネットが普及しはじめた1995年からWebサイトを開設し、コレクションを全世界に広く共有するデジタルアーカイブ活動にも力を入れてきました。現在では、50を超えるデータベースを公開して、日本の伝統芸能のみならず、近現代の演劇、映画、テレビ、中国や韓国の演劇の調査・研究に役立っています。
このように、演劇博物館は時代の変化を取り入れながら、世界中の演劇を比較研究するために必要な資料たちを集積した施設となっています。
なぜ人は演劇に心惹かれるのか
歌や踊りなどの身体芸術は、人々の生活に欠かせないものとして、世界中の民族が自然発生的に持っていたと考えられています。文字の形で残された戯曲でも、紀元前までさかのぼることができます。
自分ではない何者かが、自分の目の前で何事かを演じる。それが自分たちに重なる体験となることもあれば、まったく別種の体験となることもあります。そのいずれの場合でも、他者の立場や心情を想像させつつ、リアリティと生々しさが迫ってくる。これは、他の芸術形態にはない演劇の最大の魅力です。そこで描かれるのは、人間社会の物語かもしれませんし、神や宗教、運命などさまざまですが、それらが俳優の姿を通して目の前で語られるからこそ、人の心を揺さぶり、観る者に、自分たちがどんな時代や関係性の中で生きているのかを気づかせてくれるのです。
演劇がどのように作られて、観客にどう迎えられたのか、その時々の記録や資料を残し続け、将来に向けて公開・活用していくことが、50年先、100年先の未来に価値をもたらすのではないでしょうか。
展示の根幹をなすコレクション収集
当館のように、特定の国や文化圏に留まることのない視野の広さで演劇のコレクションを所蔵する施設は世界的に類例がなく、その規模はアジア屈指です。日本演劇を知るために海外にある資料を参照したり、海外との比較によって日本の演劇を分析することもすでに定着しています。古今東西のあらゆる演劇に目配りする大切さを改めて感じます。
演劇は、この世のありとあらゆることを映しだす鏡のような存在です。そうした資料や映像を世界中の皆さまにご覧いただけるように、引き続きコレクションの収集に力を注ぐとともに、デジタル技術を活用したバーチャル展示などにも新たに取り組みたいと考えております。物理的な限界から、資料の全貌を一覧できないようなコレクションをどのようにお見せするか、その方法を探ってまいります。これからの演劇博物館の発展にもどうぞご期待ください。
進化し続ける演劇博物館であるために
一方で、コレクションの収蔵スペースの確保は大きな課題です。開館100周年を迎えるにあたっては、集密書架を導入するなどして、既存の収蔵スペースを有効活用できるように改修していく計画です。この活動を進めるために、演劇博物館に関心を寄せてくださる皆さまに対して、ご寄付の呼びかけを進めているところです。ぜひ多くの皆さまのご協力をお願い申し上げます。
加えて、早稲田大学の学生諸君や卒業生の皆さま方にも、演劇博物館に足を運んでもらいたいと思っています。演劇博物館は、皆さまが学生だった当時と変わらぬ姿で建っていますが、展示の試みは日進月歩で進化しています。演劇から得られるさまざまな価値観は、皆さまが社会で活躍していく上で、きっと役立つことでしょう。昔と変わらぬところ、いろいろと変わっているところの両面をぜひお確かめいただき、それならば少し力添えしてやろうとお感じいただければ幸いです。
演劇博物館開館100周年記念事業募金
寄付のお願い
早稲田大学演劇博物館は、2028年に100周年を迎えます。
貴重な演劇資料の保存・公開をさらに充実させるため、
記念事業募金へのご支援を広く呼びかけています。